
不登校が故に
2026年10月27日 20:16
Ba / ヤスノシン - 2025.8.4 -
娘は中学1年生の2学期から不登校になった。家で寝ているかギターを弾いて歌っている姿しかなかった。そんな状況だったため、いくつかの病院で検査をしてもらった事もあったが異常は見つからなかった。
当時、私は通信制高校の軽音楽講師をしていたこともあり、学校が苦手な生徒たちが音楽を通して笑顔になっていく姿をたくさん見てきた。娘が学校に通えなくても「毎日笑顔でいてくれたら、それだけでいい」と思い、音楽を通して娘と向き合うことを決意した。
ある夜、娘の部屋から聴こえてくる歌詞とメロディに耳を澄ました。そこにはストレートに自分の心と向き合う歌があった。すぐに娘が作った曲だとわかった私は、この歌は今しか歌えない貴重なものだと思い制作を開始した。そして、世の中に残こしておくためにレコーディングをして「衣裏珠な女の子」というタイトルでデジタル配信リリースをした。コロナ禍だったため、「2022 stay home with me」 をFst.シングルにしたが、一番最初に作った曲は「衣裏珠な女の子」だった。これは、誰もが生まれながらに尊い宝珠を心の中に持っているのに、それに気づいていない女の子と云う意味で付けたタイトルだ。それから、毎日家にいる娘と二人で中学を卒業するまでにシングル5曲をリリースし、16歳になるまでに計7曲をリリースした。すると複数の大手のレコード会社から問い合わせが殺到した。
「誰だって死にたくなるくらい辛い時がある」
朝まで起きている娘と私の部屋で毎晩のように音楽を語り合い、二人でスタジオやカラオケボックスにも通った。最初の頃はどこか心を閉ざしていたが、同じ目線で接する私に少しずつ心を開いていった。
ある日のこと、レコーディングスタジオに向かう途中、二人で信号待ちをしていた時に私は娘にさりげなく言った。「お父さんが顔を剃る時のカミソリが買ってもすぐ無くなっていくけど、リストカットする時に無いと困るので盗むのを止めてくれ」と、すると娘が大笑いした。信号待ちをしていた周りの人たちがびっくりして振り向くほどだった。そして「お父さんだって時々死にたくなるくらい辛い時があるから」と言った瞬間、闇の中から抜け出せたような気がした。あれから数年が経ち、娘は今自分の音楽で100万人の人たちに届けられるアーティストになろうとしている。
当時の楽曲は1曲だけが公開されているが、いつの日かあの名曲たちを大舞台で歌ってくれる日が来ると信じている。「毎日笑顔でいてくれたら、それだけでいい」はずだったのに・・・。